2019年1月27日、札幌市内において、アイヌ民族、琉球民族の遺骨返還を求める集会に松島泰勝は参加し、アイヌ民族と共に、ご先祖の遺骨返還について報告しました。前年夏、私はアイヌモシリの浦幌で行われたアイヌ民族の遺骨再埋葬の儀礼に参加しました。その際、小川さんから、アイヌ民族に対する差別の歴史、遺骨返還訴訟について伺い、「やればできる!」と励まされました。札幌での集会では、川村さん、葛野さん、木村さんをはじめとするアイヌ民族の皆さんから、なぜ遺骨返還を求めるのか、どのように返還のための闘いを進めているのかを学び、力を得ました。私は、1996年にアイヌ民族の方々と共に国連人権委員会先住民作業部会に、琉球先住民族として参加しましたが、これからもアイヌ民族の自己決定権実現運動から知恵と勇気をもらいたいと考えています。アイヌ民族の方々、集会を主催されたピリカ全国実の皆さまに心よりお礼申し上げます。

2019年1月12日、命どぅ宝の皆さん、ペルー琉球人3世の歌手の伊芸さん、若い琉球人の方々、そして琉球朝日放送の取材の方々と共に、松島泰勝は今帰仁村をマイクロバスで訪問しました。今帰仁村歴史文化センターにおいて同センター館長から今帰仁村の歴史についてお話しを伺い、百按司墓関連の展示物を見学しました。そして、京大研究者が琉球人遺骨を百按司墓から奪った事件について、村民の方々と意見交換しました。そして百按司墓に行き、琉球人の慣習に従って祭祀を行いました。最後に、大北墓の前の広場で、伊芸さんがギターを弾き、皆で合唱して、遺骨の元の墓への返還を祈り、遺骨のマブイを供養させて頂きました。以上の模様は琉球朝日放送でも6時のニュース番組で報じられました。京大よ、琉球人遺骨を還せ!

2018年12月4日、琉球人遺骨返還を求めて京都地方裁判所に京都大学を提訴しました。松島泰勝が2017年4月より、京都大学に対して琉球人遺骨に関する質問をし、遺骨に対面したいと希望したのに対して、「個別の問い合わせには応じない」として無視し、琉球人遺骨盗掘の事実を認めず、その保管の法的根拠を明示しませんでした。琉球人の墓から、遺族の承諾を得ないで盗掘し、モノとして研究対象にすることができるとする認識は、琉球人に対する民族差別です。差別に対する強い怒りや深い悲しみ、琉球人の自己決定権への希求が裁判闘争の原動力になってきました。法廷では、日本による琉球に対する植民地支配が不平等な関係性を生み出したこと、先住民族としての琉球民族による遺骨返還権、琉球独自の死生観、墓制、骨神信仰等も議論されました。これは日本の裁判所では史上初のことです。この裁判は、琉球人の一部の血族だけの問題ではありません。琉球人の墓から遺骨が盗まれ、それが返還されないという、琉球人全体の問題です。またこのような日本人研究者の人道や人権に反する行為を日本社会が認めてきたという、日本人全体にも突きつけられた問題です。琉球人に対する京都大学や研究者による民族差別を止めさせて下さい。2021年末にも結審を迎えるだろうとされていますが、皆様のご理解とご支援、心よりお願い申し上げます。

松島泰勝は関西の自宅に戻り、京都新聞を読んでいると山極京都大学前総長のコラムに首を傾げました。次のように山極さんは書いています。卒業式の式辞で山極さんは「京都大学が大切にしてきた対話の例を二つ引くことにした」そうです。そして次のように結びます。「このようにさまざまな視点に立った議論を展開するのが対話の面白さであり、それが自由な発想につながる。この春に卒業した諸君にも、この対話の作り方を是非心得てほしい。多様な意見を尊重しながら常識を破る発想を身につける。それは大学ではなく、社会に出てからこそ重要になる。多くの人々と交わりながら、すてきな未来を拓いてほしいと思う」2017年以来、私は、京大研究者によって奪われた琉球人遺骨について山極さんに対話を求めましたが無視されました。照屋寛徳衆議院議員も二回、公開質問状を山極さんに送りましたが、返事がありません。自分の立場、考えに合わない人は、対話の相手としないのでしょうか。他に対話の例を求めるのではなく、自らにおいて「多様な意見を尊重しながら常識を破る発想を身につける」をしてきたかどうかを京大卒業生に示すべきだったのではないでしょうか。山極さんは総長職をやめましたが、私は山極さんとの対話を今でも求めています。京大研究者が琉球人の遺骨を盗み、保管してもいいという、「研究者の常識」を破りたいからです。

図書館での研究の後、松島泰勝の母校である那覇高校の側にある城岳公園に行きました。高校生の私は昼休みの時、昼寝をしたり、本を読んだりした公園ですが、1929年、金関丈夫は、この公園内の城岳貝塚から琉球人の大腿骨を盗み、論文を書きました。この貝塚からは、鳥居龍蔵、西村真次、小牧実繁らの人類学者も明刀銭、陶器などを盗掘をしました。私が人類館の劇を見た那覇高校のそばでも、研究者のヌスラー(泥棒)が琉球人の祖先の身体や生活の痕跡を島人から奪っていたのです。琉球人を学術の研究対象にしようとする暴力は、今でも京都大学、沖縄県教育庁によって琉球人に及んでいます。

松島泰勝は今日、人類館事件について資料収集し、幾つかの貴重な資料を見つけました。私が那覇高校の生徒の時、人類館の劇を見ましたが、観劇後、国語科の教員が同劇が生徒に与える影響、琉球人差別について真剣に議論していたことを知りました。表象論ではなく、学知の植民地主義論の観点からこの事件を更に研究し、いつか、琉球人遺骨盗掘問題と関係させて世に問うたいと思います。

戦前に琉球人の遺骨を盗掘した、京大研究者・金関丈夫の『琉球民族誌』。沖縄県内の殆どの図書館で所蔵してます。この中の「琉球の旅」の章では、遺骨を盗掘するまでの経緯やその協力者、どの墓で盗ったか、などの様子が克明に記録されています。→-via 琉球港川人on Twitter↪︎→金関が県庁や警察に、遺骨盗掘許可を取った当時琉球併合により役人は全て、大和の人間に変わっていた。一部の協力者には、権力に阿った同化琉球人もいた。遺族や地域の人の許可は一切取っていない。その後ろめたさか、金関は盗掘中どしゃぶりに遭った際「祟りか」と記している。祟りだよ

今日の『琉球新報』に今月21日開催された「人類館シンポ」について報道記事が掲載されました。松島泰勝が報告した「学術人類館事件の本質的問題とは何かー現代的琉球人差別の淵源を考える」について今年5月にも、1903年に学術人類館が開催された関西において報告し、議論する予定です。本件については今後、研究フォローアップを行い、琉球人差別問題に関して研究者と議論を続けたいと考えています。

3日前、波平さんが、百按司墓の前で、その歴史的由来や、どのように金関・京都帝国大学助教授が琉球人遺骨を盗掘したかについて、研究者として客観的に証言して下さいました。波平さんは、琉球民族遺骨返還請求訴訟が行われている京都地方裁判所に対して鑑定意見書を書いて下さいました。松島泰勝は波平さんの学術書『近代東アジア史の中の琉球併合』岩波書店から多くのことを学んでいます。さらに、21日の「チャースガ、「学術人類館事件」今その現代的意味を問う」でも、金関と宮良當壯の「起源論争」を中心にして、貴重なご意見を述べて下さいました。心より感謝申し上げます。

昨日、松島泰勝は科研費研究会メンバーと映像撮影チームとともに、今帰仁村に行き、百按司墓での祭祀と調査、今帰仁村歴史文化センターでの見学と学習、そして目取真さんへのインタビューを行いました。今帰仁村で生まれ、生活されている目取真さんは、村の墓が集落の中でどのように風水的に存在しているのか、住民の墓から研究者が遺骨を盗掘することの暴力性、遺骨盗掘が近年まで続いていたこと、ご自身の小説と遺骨との関係、村の様々な墓地の由来と住民との関係性、地域の様々な貴重な遺骨、資料等を持ち出す研究者の特権意識への批判、ご自身が大阪府警官から「土人」と言われたことについて、京大研究者による盗掘事件が、島の一部の人々の問題ではなく、沖縄人全体に対する侮辱であることなど、多くのことを伺いました。2年前に今帰仁村で遺骨返還に関する集会を開いたときにも、目取真さんは参加され、裁判闘争支援の意思を示して下さいました。今回も私は大変、励まされ、大きな力を得ました。心よりお礼申し上げます。お話は運天漁港の前で伺いましたが、近くにある古墓から鹿児島の研究者が遺骨を盗掘し、京都帝国大学の清野謙次教授に譲り、現在も京大に保管されています。今帰仁村からは百按司墓以外からも遺骨が盗掘されていますが、京大は元の墓に戻そうとしません。ご先祖の遺骨に見守られることによって住民は安心して生活することができるのです。

昨日、午前中、百按司墓琉球人遺骨盗掘事件について門中祭主ご夫妻からお話を伺った後、沖縄県立博物館で学術人類館事件と現代的琉球人差別との関係について議論しました。松島泰勝は同事件に東京人類学会(今の日本人類学会)が深く関わっていたこと、現在も同事件について学会として総括、謝罪がなされていないこと、近年も同事件に関連して琉球人を差別する研究が文化人類学者によって行われたこと、京大が保管する琉球人遺骨の返還を同学会が拒否し、研究の継続を強く望んでいることなどについて問題提起しました。12名の社会運動家、遺骨返還を求める研究者が議論しました。コロナ禍にもかかわらず、会場に多くの方がきて下さり、またzoomにも多くの方が参加して下さり、心よりお礼申し上げます。学術人類館事件は過去の問題ではなく、今の問題でもあり、琉球人の自己決定権が問われている問題であると改めて考えました。

2018年1月27日、琉球大学において東アジア共同体沖縄(琉球)研究会主催のシンポ「日本の植民地主義と中国・北朝鮮脅威論を問い直す」が開催されました。松島泰勝は、日本の植民地主義の実例として、京大研究者による琉球人遺骨盗掘問題について報告しました。会場に、奄美大島の大津さんが参加されており、その後、奄美諸島のご遺骨の返還を求める運動が始まりました。シンポ後、同研究会として「琉球人遺骨返還を求める」声明文が出されました。私はそれを京大当局に送付しましたが、返答がありません。同年1月28日、『ヘイトクライムと植民地主義』三一書房のトークイベントがジュンク堂で行われました。島袋さんが「人権を守るための連帯が、東アジアでも必要だ」と指摘して下さいました。同年2月13日、金城さんと私が対談し、川瀬さんが編集をされた『琉球独立は可能か』解放出版社のトークイベントがジュンク堂で開催されました。高良さんもご登壇されました。会場に来られていた山内徳信さんから私も励まされました。同書の大阪での出版祝賀パーティにおいて、川瀬さんが、丹羽弁護士を紹介して下さり、琉球民族遺骨返還請求訴訟が始りました。

今月21日の沖縄県立博物館でのシンポチラシです。琉球民族遺骨返還請求訴訟の原告で、彫刻家の金城実さんも登壇されます。松島泰勝は那覇高校の生徒であったとき、学術人類館の劇を高校で観劇し、自分が「本土に行ったら差別される」存在であることを自覚しました。最近、同劇が再演され、関心が高まっているのも、現在の琉球に対する日本の支配、暴力の強度の大きさが反映されているのではないかと考えています。学術人類館に含まれる琉球人に対する人種差別が今の問題でもあることについて真摯に「対話」できれば幸いです。

今月21日、「第二回 琉球人遺骨返還問題に関する「対話」シンポジウム―チャースガ!『学術人類館事件』いま、その意味を改めて問う―」というシンポが沖縄県立博物館講堂で開催されます。松島泰勝も「学術人類館事件の本質的問題とは何かー現代的琉球人差別の淵源を考える」と題する問題提起を行います。どうぞ皆様もご参加下さい。本件に関して真摯な「対話」を行いたいと希望しています。

2018年1月15日に、龍谷大学経済学部の松島泰勝の授業「地域経済論」で佐藤優さんが講義をして下さいました。佐藤さんとはこれまで幾つかのシンポでご一緒に報告したことがあり、また佐藤さんは、私の琉球独立論を様々な機会に書評して下さいました。非常に力強い講義でした。同年1月、京都新聞の岡本記者による「帝国の骨」連載が掲載されました。前年11月、アイヌ民族の清水さんと私が遺骨返還を求めた京都大学でのチャランケについても記載して下さいました。京都大学研究者による731部隊関与問題、原爆被爆者の人体解剖問題と関連させながら、先住民族の遺骨盗掘・保管問題を全体的な構図の中に位置付けた、優れた連載でした。家族と食事をしたり、大学の合宿で食事をした、実家の近くにある琉球居酒屋から、同年、届いた葉書に「自己決定権」という文字が書かれていました。自己決定権を求める琉球人の強い意志を感じました。

2017年7月の入院中も、松島泰勝はどのようにして京大から琉球人御遺骨を島に帰還させるかを考えていました。同年8月、術後であり体はフラフラしていましが、出原さん、白鳥さんと京大に行き、情報公開請求を行いました。その後、人骨標本番号1番から750番までの人骨台帳が公開されましたが、百按司墓琉球人遺骨のそれはありませんでした。751番以降の台帳は存在しないというのです。人様の遺骨を盗み、保管しておきながら、遺骨に関する台帳もないという、杜撰な管理体制が明らかになりました。琉球人に対して大変失礼なことをしているという自覚がこの大学にはない様です。また、山極前総長に対して遺骨返還の要望書を送付しましたが、琉球人遺骨に関して京大に来るなと言われ、門前払いされました。私は、琉球人遺骨を京大に奪われたばかりか、両親からもらった自分の身体の一部である、胃、胆嚢、周辺リンパ腺も京大によって奪われたと考えています。17年初旬、京大研究者による盗掘とその保管の事実を知り、怒り、調査し、行動する中で大変なストレスがかかったことも大病になった大きな原因になったからです。その後、照屋寛徳議員のお陰で、京大は初めて琉球人遺骨の保管を正式に認めました。また多くの方々のお陰で2018年12月、遺骨返還を求めて京大を提訴することができました。心より感謝申し上げます。

2017年6月28日、松島泰勝は胃、胆嚢、周辺リンパ腺全摘の手術をし、3週間入院しました。人生最初の大手術でしたが、医療従事者の方々、妻の温かい看護と励ましで日常生活に戻ることができました。心より感謝申し上げます。自分の死を覚悟した手術であり、ベットの上で京大に保管されている琉球人御遺骨マブイの思いに心を馳せることもありました。同年8月、まだ体はフラフラしていましたが、アイヌ民族の権利回復運動をされている出原さんと一緒に、北大研究者によって盗掘されたアイヌ民族御遺骨の再埋葬式に参加しました。アイヌ民族の小川さんから、北大のアイヌ納骨堂に案内され、どのように北大と闘い、先祖の御遺骨を取り戻したのかのお話を伺いました。小川さんは、再埋葬式が行われた浦幌で私に「やればできる!」と励まして下さいました。アイヌモシリに滞在中、オスプレイが道民を苦しめていることを知り、心を痛めました。また、『毎日新聞』が「旧沖縄人」と誤った呼称を使っていたので、抗議を行い訂正させました。再埋葬式に来ていた、北大副学長は遺骨、副葬品の目録を手渡しただけで、謝罪をしませんでした。

2017年11月13日、アイヌ民族と琉球民族による遺骨返還を求めた京大とのチャランケを行いました。松島泰勝はこの年の夏、北海道の浦幌のアイヌ民族遺骨返還の再埋葬式に参加させて頂きました。北大のアイヌ納骨堂から浦幌まで移動した車中で、アイヌ民族の清水さんから遺骨返還運動について貴重なお話を伺いました。同年11月13日、龍谷大学で私の授業「地域経済論」において清水さんにアイヌ民族の歴史と文化、土地権、遺骨返還権について講義してもらいました。講義後、ご一緒に京大総務部総務課に直行して、遺骨返還を求めたチャランケを行いました。しかし、京大の警備員は、総務課に案内せず、目の前に有った内線電話の利用を禁止しました。それで私の携帯で外線で総務課職員と話をしました。事前に訪問を知らせていたにも関わらず、担当職員は不在だと言い、京大がまとめたアイヌ民族遺骨に関する報告書の清水さんへの提供も拒否しました。最後に、清水さんが「明日、北海道に帰るが、最後に名刺交換をさせて下さい」と述べると、電話口の職員は「その必要はない」と言い捨てました。これは大変な民族差別です。アイヌ民族だけでなく、琉球民族に対しても京大は非人道、非人権の扱いをされたと私は考えました。現在まで続く京大による差別が積み重なり、京大への提訴の意思を固め、準備を行い、2018年12月の提訴に至りました。アイヌ民族の北大、東大等との裁判闘争からも私は多くのことを学ばさせて頂いています。

2020年12月6日、ジュンク堂における松島泰勝・山内小夜子編著『京大よ、還せ』耕文社のトークイベントを行いました。本書は2018年12月に琉球民族遺骨返還請求訴訟が始まってからの、京大研究者による琉球民族遺骨盗掘問題について、原告団、弁護団、支援団の方々が執筆したものです。与那嶺さんが司会をされ、波平さん、太田さん、池田さん、北原さんそして私が登壇しました。松島泰勝とともに本書を編著になって下さった山内さんもご発言下さいました。琉球に滞在していた間に行った、国連先住民族の権利に関する専門家機構会議での共同声明の発表、中城村での「対話」集会、松島泰勝著『帝国の島』明石書店に関するトークイベントでの伊佐さんのご発言等、私たちの研究活動、社会運動に関する新聞記事が掲載されました。多くの方々にお世話になり、心よりお礼申し上げます。

2020年12月6日、百按司墓、渡久地古墓群において、京大訴訟の訴訟団、科研費基礎研究A「先住民族研究形成に向けた人類学と批判的社会運動を連携する理論の構築」研究会による祭祀、調査、社会運動を行いました。渡久地区区長に、渡久地古墓群等から盗掘された39例の遺骨が現在、京大に保管されている事実をお伝えしました。松島泰勝は他の参加者の方々とともに、百按司墓、渡久地古墓群の中にある大米須親方の墓の前で、1日も早くご先祖の御遺骨が元の場所に帰還できるよう尽力させて頂きますと、心を込めてお祈り申し上げました。

2020年12月5日、中城村において、京大研究者による琉球人遺骨盗掘問題に関する「対話」シンポを開催しました。同村において、金関は19世紀の初めに亡くなった比嘉さん母子の遺骨を盗掘し、またその他の多くの遺骨も盗掘しました。比嘉さんという個人名がはっきりした琉球人遺骨も、その父が納骨したことが記された厨子甕から金関は盗んだのです。沖縄県教育庁はその事実に目を背けて、私たちの質問に答えようとしません。昨日まで県民広場でハンガーストライキをされていた具志堅さんも、沖縄島南部の、遺骨が含まれた土を建築資材として新基地建設に使うことの問題性を強く批判されました。松島泰勝は会場に行く途中に、モノレールから見えた琉球の現代の墓を見て、琉球人にとって墓の中の遺骨は大変大切であること、それを京都大学や研究者が研究のために取り出し、保管する権限は全くなく、一刻も早く元の墓、または地域の共同墓に戻すべきであると改めて思いました。

2021年2月25日、龍谷大学響都ホールにおいてシンポ「琉球人遺骨の本来のGoing Homeを目指して」が開かれました。松島泰勝が司会をさせてもらい、原告として亀谷さん、たまぐしくさん、請求人として照屋さん、弁護団から三宅俊司弁護士、三宅千晶弁護士、丹羽弁護士、李弁護士が報告を行いました。そして、仲村さん、渡口さん、山本さん、友永さんがアピールをして下さいました。その後、楽屋で住民監査請求の弁護団である、尾谷弁護士と三宅千晶弁護士を囲んで交流、意見交換会を開きました。京大研究者に奪われた琉球人遺骨をお墓に戻し、再風葬する、つまり「琉球人遺骨の本来のGoing Home」という目標において、京大訴訟と沖縄県教育庁に対する住民監査請求は車の両輪です。

2017年8月、アイヌ民族遺骨の再埋葬式への琉球先住民族の参加 https://youtu.be/o9duBR7tTmM@YouTubeより 2017年6月28日、松島泰勝は胃、胆嚢、周辺リンパ腺全摘の手術をし、3週間入院しました。人生最初の大手術でしたが、医療従事者の方々、妻の温かい看護と励ましで日常生活に戻ることができました。

京大研究者による琉球人遺骨問題をなんとか解決したいと思った松島泰勝は、同志社大学〈奄美・沖縄・琉球〉研究センターの冨山さんに相談し、2017年6月に学習会を開いてもらいました。同学習会には、新報の宮城さん、タイムスの與儀さんも琉球から来て取材して下さいました。駒込さん、出原さん、冨山さんにはその後も大変お世話になっています。その後、照屋寛徳議員が国政調査権を行使し、山極総長に対し2通の公開質問状を送付し、そして沖縄県教育委員会に対しても遺骨の墓への返還を求めてくださいました。まよなかしんやさんが遺骨返還を求めて新聞に投稿して下さいました。また同年11月にはコタンの会の清水さん、京都新聞の岡本記者とともに京大に行き遺骨返還を求めました。しかし京大は「個別の対応には応じない」として対面を拒否しました。我々は遺骨を奪われた当事者ですが、「個別」として排除されました。そして同年12月には、東アジア共同体沖縄(琉球)研究会主催の本問題に関するシンポを龍谷大学で開催しました。柳原銀行記念資料館の山内さん、木村さん、佐藤さんそして私が報告しました。京都大学新聞の方々も取材に来て下さいました。今日、本部町渡久地から京大研究者によって奪われた琉球人遺骨問題に関する記事が掲載された同紙が発刊されるそうです。同紙は継続的にこの問題を報道してくださっています。昨年、ニライカナイに行った私の父も、この問題に心を痛めており、地元紙の関連記事を切り取ったり、新聞投稿をして下さいました。

2017年6月16日から20日まで、龍谷大学大学院松島泰勝研究室に所属しているタンザニアと中国の学生とともに琉球においてフィールドワークを行いました。その1ヶ月後に私は、胃、胆嚢、周辺リンパ節を全摘しましたので、ふっくらした私が記録された最後の映像です。私の実家で両親とともに食事をし、金城実さんに琉球の歴史と文化、社会運動についてインタビューしました。金城さんは一年後、琉球民族遺骨返還請求訴訟の原告になって下さいました。与那嶺さん、照屋さん、當銘さん、田里さんから、米軍基地、基地周辺の経済、今帰仁グスク、百按司墓の歴史についてお話を伺い、意見交換をしました。美ら海水族館で海洋生物を学び、島田さんのお宅で、沖縄大学の学生さんとともに琉球経済についてゼミを行い、沖縄県庁において沖縄経済特区、アフリカで活躍する琉球人経営者の活動についてお話を伺いました。二人ともそれぞれ母国に帰りましたが、琉球のことを思いながらそれぞれの場で活躍して欲しいと思います。

Tamagusiku Tuyosi

3月8日 の16:45  · 3月21日沖縄県立博物館・美術館 講堂 にてシンポジュウムが開かれます。 1903年の学術人類館事件以来差別され続ける琉球人。骨になっても尊厳を踏みにじられ続ける。 戦没者のご遺骨が混じった土砂を基地建設の埋め立てに使い、その上から戦闘機が遺骨を押しつぶす。 なんと情けない国になったんだ!日本国は。違法に盗掘された琉球人遺骨を元の場所に戻すことも拒否する沖縄県教育委員会とヤマトゥの京都大学。 そこには人間の尊厳を破壊する冷酷な精神が浮かび上がる。 具志堅隆松さんは「ニライ・カナイぬ会」の共同代表です。ハンガーストライキを敢行し遺骨の尊厳を訴えた。 その怒りの根源は琉球人遺骨返還にも低通する。今回のシンポジュウムは、琉球人のアイデンティティを完成させていくための「対話」集会です。 当日は下記の Zoom会議 でも参加可能です。https://us02web.zoom.us/j/82527937097・・・ミーティング ID : 825 2793 7097パスコード :294811

「国連は2008年に琉球民族を先住民と認め、学校教育の場で琉球語や琉球の文化を教えるように日本政府に勧告」「日本政府は14年の国連の最終見解も無視しているが、言語権として私たちは自分たちの言葉を話し、教育を受ける権利があるのだ。権利の回復・復権即ちウチナーンチュとしての尊厳の回復。これがしまくとぅばを学ぶ基本理念であろう」「琉球処分によって沖縄県が成立して以降、日本国民としての皇民化教育の名の下に抑圧されてきた私たちの言葉・言語とは何なのかいま一度考える必要があろう」との、名嘉山さんのご意見に、琉球先住民族の松島泰勝は全面的に賛同します。しまくとぅばの復興理念を明確に主張して下さり、イッペーニフェーデービタン!!!

Tamagusiku Tuyosi

3月4日 の8:03  · 2021.03.04 琉球新報 2019年3月18日台湾大学から琉球に移管された63体のご遺骨を元の場所に安置するため、研究材料(物)にしないよう訴える住民監査請求が門前払いの却下になりました。 92年前に京都帝大助教授金関丈夫が採集したご遺骨は間違いなく違法な採骨であります。その違法性を審議することなく却下したことは、琉球の祭祀の慣習と祭祀をする権利を奪うものです。 県教育委員会は県民の文化や権利を率先して守り発展させる義務があるのにもかかわらず、権利放棄の決定をしたことは大きな間違いです。

Tamagusiku Tuyosi

3月3日 の8:07  · 2021.03.03 沖縄タイムス 「ニライ・カナイぬ会」で、台湾大学から移管されたご遺骨に対し違法な採取で教育委員会が保管管理するのは違法であるとの監査請求をしたのですが、違法性を問うことなしに却下されました。門前払いの形です。 あまりに厳しい判断だとの弁護団の指摘がありました。 通常は違法性を検討してからの決定になるという事なので、大変稀な決定です。

琉球人遺骨への島への帰還を求めて活動するニライ・カナイぬ会の仲間が、具志堅さんの応援のために下記のプラカードを作ってくれました。同会のメンバーには、具志堅さんと一緒にストライキを行い、映像を中継されたり、ストライキのためにカンパをされた方もいます。京都大学や沖縄防衛局(日本政府)は遺骨ぬするーであり、人として決してやってはいけない行為であり、琉球人として絶対許せないと松島泰勝は思います。

2021年2月26日、琉球民族遺骨返還請求訴訟の公判が行われ、被告準備書面に対して一つ一つ反論を行いました。,その中で京大側が琉球人遺骨を「適切に管理している」ということに対する反論として、喜界島遺骨箱蓋を裁判官にお見せして、751番以降の人骨標本番号の記載、医骨箱の大学内塵捨て場への投棄などにより、「適切に管理」していないことを明らかにしました。進行協議でも、被告に対して人骨標本台帳の提出が再び裁判官から求められました。京都御苑内での報告集会にも多くの方が参加して下さいました。上村さんも傍聴後、報告集会で話して下さいました。また、来月行う訴訟関連の映像撮影のためのカンパを報告集会で募り、多くのカンパを頂戴しました。心よりお礼申し上げます。

たまぐしくさんのFacebook投稿より

1933年京都帝国大学講師三宅宗悦が奄美、琉球から盗掘した遺骨に私の祖先、大米須親方が含まれています。 祖先のご遺骨を返すようにと要求と抗議、質問書を2度送りました。 2月1日に出した2度目の要求と抗議、質問書の回答が2月25日付けで送られてきました。 7つの要求、抗議、質問に対し1問目の質問への回答、係争中ではないがこじつけています。これも根拠のない回答です。 京都大の対応は権威主義そのものと思いました。戦前から続く植民地主義、権威主義の精神です。 琉球の祖先のご遺骨を研究材料(物)として扱う祖先も今生きている琉球人の尊厳も踏みにじる行為を続けています。 自衛隊配備、基地建設、安保条約の琉球だけ適用、日本国憲法の琉球だけ適用外にする。 これは差別です。

昨日、松島泰勝は妻と一緒に「帝国の祭典と人間の展示」という展示会に行きました。琉球人遺骨返還請求訴訟を支える会/関東の山本さんから勧められ、是非、行きたいと思い、足を運びました。琉球民族をはじめとする世界の先住民族が、欧米、日本の研究者によって見世物にされたという歴史的事実を再確認しました。来月21日、沖縄県立博物館で開催される、学術人類館事件の現代的意味を論じるシンポにおいて、私は問題提起をします。琉球民族を見世物にした学術人類館の企画・運営に深く関わった日本人類学会はこの事件をどのように総括し、我々に謝罪したのでしょうか。

2020年12月4日、科研費基盤研究A「先住民族研究形成に向けた人類学と批判的社会運動を連携する理論の構築」の琉球調査を、代表の太田さん、共同研究者の池田さん、北原さん、そして松島泰勝が行いました。バスで那覇から嘉手納に行きましたが、戦後、米軍基地が琉球を占拠し続けている現実を改めて認識しました。しまくとぅば 復興運動を独自な方法で実践されている池原さんにお話を伺いました。しまくとぅばを「商品」にして市場を通して言葉を生活の中で流通させるという独自な方法です。自動販売機でしまくとぅばが記された商品を販売したり、しまくとぅば漫才大会を開催し、しまくとぅばの観光バスツアーを行い、しまくとぅばFMラジオを24時間放送したりなど、様々な実践を聞かせてもらいました。我々は池原さんから教えてもらった、実際に稼働している、しまくとぅば自動販売機を探しに、北谷の美浜に行き、長時間歩いて、同販売機を実際に見ることができました。琉球人遺骨返還運動の土台となる琉球人アイデンティティへの強いこだわりを学ぶことができました。「しまくとぅばを継承し誇りと愛着の持てる地域社会を築こう!」

2021年2月25日、龍谷大学響都ホールにおいて、琉球人遺骨盗掘問題に関するシンポが開催されました。最初に基調講演として、上村英明さんが「琉球人遺骨問題を先住民族の権利から考える―二風谷ダム判決1997を参考に」を報告され、次に、尾谷恒治弁護士が「琉球人遺骨保管住民監査請求について」を報告して下さいました。

2020年12月1日、松島泰勝は国連先住民族の権利に関する専門家機構のリモート会議において、ニライ・カナイぬ会と市民外交センターの共同声明を発表しました。市民外交センターの上村さん、木村さん、永井さんには共同声明の発出にあたり大変お世話になりました。心よりお礼申し上げます。実家の居間から世界に向けて英文の共同声明文を読み上げましたが、近くで母が聞いており、喜んでいました。昨年1月にニライカナイに行った父のマブイも喜んでいたと思います。生前、父は琉球人遺骨の島への帰還を強く願っていました。琉球人遺骨返還は亡父の遺言でもあります。同日、戦時中に日本軍の高射砲が置かれていたガジャンビラ公園に行き、那覇市内の米軍基地である那覇軍港を見下ろし、琉球の脱植民地化について考えました。

2020年11月28日、前川喜平・松島泰勝編著『談論風発 琉球独立を考える』明石書店のトークイベントがジュンク堂那覇店で開かれました。宮城さんは『琉球新報』に「民族の炎」という世界の独立運動に関する連載記事を書かれ、多嘉山さんは琉球独立に関してもYouTubeを通じて発信し、木村さんは旧ユーゴにおける独立運動について研究されています。司会の与那嶺さんが、琉球独立に関する前川さんと私との対談の企画を最初に私に提案して下さいました。本書の編集者の黒田さんも会場から発言して下さり、また多くの知人、友人がご来場くださいました。トークイベントの前に、謝名親方の顕彰碑に行き、手を合わせて、一日も早い琉球独立の実現を祈りました。『沖縄手帳』には琉球人が先住民族であるという主張も記載されるなど、独立に向けた社会状況は大きく動いています。

2020年11月26日、松島泰勝はコザのゲート通り、パークアベニューにおいて、軍事植民地の実態に関するフィールドワークを行いました。特にヒストリート(沖縄市戦後文化資料展示館)は大変、勉強になりました。琉球がアメリカ合州国の植民地であった時代の琉球人の生活と自己決定権を求めた闘いの歴史、コザ騒動(蜂起)、黒人米軍兵士の闘いなどを様々な資料を通じて知ることができました。これまでも同資料館には何回か行きましたが、学知の植民地主義、京大による琉球人遺骨盗掘・保管問題に関する研究、社会運動を行なっている今の私に対して、新たな知見、知的刺激を与えてくれました。

2020年11月18日、龍谷大学響都ホールにおいて、『京大よ、還せ』出版記念シンポを開催しました。基調講演を冨山さんがして下さいました。原告として、亀谷さん、たまぐしくさん、金城さん、松島泰勝、弁護団として、丹羽弁護士、定岡弁護士、普門弁護士、李弁護士が報告し、與儀さん、川瀬さん、出原さんがアピールして下さりました。山内さんと大川さんが総合司会、コーディネーターをして下さり、多くの方々が受け付けなどでご支援下さいました。心よりお礼申し上げます。翌日19日は、京都地裁で口頭弁論が行われ、琉球人遺骨返還請求訴訟を支える会/関東の皆さんが横断幕を掲げて下さいました。

2020年11月1日、琉球人遺骨返還請求訴訟を支える会/関東主催の学習会において、松島泰勝は最新の研究成果、社会活動を踏まえて、「琉球民族遺骨返還請求訴訟の争点」と題する講演を行いました。講演の前に、隣の部屋で行われていた集会でも、琉球における植民地主義批判についてアピールさせて頂きました。関東の支える会には多くの方々が会員になり、裁判を支えて下さり、心よりお礼申し上げます。講演会後の意見交換でも、支える会の方々と意見交換して、励まされました。

2020年10月11日、龍谷大学響都ホールにおいて、琉球遺骨返還請求訴訟シンポ「知の植民地主義を考える」が開催されました。基調講演では、太田さんが、「知の倫理、そして先住民族研究形成に向けて:遺骨返還運動に相対する「脱植民地化世代」」、崎浜さんが「植民地・同化主義に抗う自己決定権、自立・解放運動を!」を報告して下さいました。服部さんの司会でパネルディスカッションを行いました。you tubeで報告、ディスカッションの模様をアップしていますので、どうぞご覧ください。松島泰勝は、在日琉球人の先輩として、北中城村出身の崎浜さんの生き方や活動に勇気付けられています。

最近、学術人類館事件に関する演劇の上演、論考の発表、新聞記事の掲載など、大きな関心が集まっています。来月21日、沖縄県立博物館・美術館講堂において、下記のようなシンポが開催されます。京都大学や沖縄県教育庁に琉球人遺骨の返還を求めている二ライ・カナイぬ会の人々、研究者が学術人類館をどのように考えるのかについて議論します。来場者の方々とも真摯に議論したいです。松島泰勝は、学術人類館事件と琉球人遺骨盗掘事件(骨の学術人類館事件)が、日本において未だに解決されていない人種差別の問題であることについて問題提起したいと思います。

来週、下記のようなシンポが京都駅近くの龍谷大学響都ホールで開催されます。次の日2月26日は午後2時半から京都地裁において琉球遺骨返還請求訴訟に関する口頭弁論が行われます。松島泰勝は原告団長として、皆様のご参加を心よりお待ちしております。ゆたさるぐとぅうにげーさびら!

2020年10月4日、ジュンク堂那覇店において、松島泰勝『帝国の島』明石書店、2020年のトークイベントが行われました。伊佐さん、太田さん、宮城さんが発言し、与那嶺さんが司会をして下さいました。会場にも多くの方が来て下さり、意見を述べて下さいました。後日、琉球新報のコラムに伊佐さんの発言が紹介されていました。「琉球併合(琉球処分)以降の140年間を「政府が総力を挙げて沖縄の人間を改造し、かなりの部分で成功した。上からの押しつけに同調する人間もおり、沖縄側にだらしない面もあった」と指摘する。一方で近年、研究者らが議論する琉球独立論は「基地問題と同じで、力尽くで根絶やしにしようとしても生き返ってくるものだ」と強調した」琉球が、日本から独立するまで、琉球独立論は主張され、実行されていきます。

2020年10月3日、沖縄県立埋蔵文化財センターに保管されている63体の琉球人遺骨に手を合わせたいと、同センター職員と話し合いをしました。事前に沖縄県教育庁文化財は、同センター内での祭祀を拒絶しましたが、参加者の粘り強い交渉の結果、同センターのホール一遇で手を合わせることができました。その後、近くの公道に祭壇を設えて、琉球式の祭祀を挙行しました。1日も早く、元のお墓に骨神が帰還してもらい、研究者による「骨の学術人類館」の状態を終わらせたいと、松島泰勝は改めて強く思い、祈りました。沖縄県教育庁は、盗掘された遺骨を占有できる法的根拠を持っておらず、県民の税金を違法に使っています。

2020年8月8日〜10日、松島泰勝は科研費基盤研究A「先住民族研究形成に向けた人類学と批判的社会運動を連携する理論の構築」の研究会による北海道調査に参加しました。北大アイヌ・先住民研究センターにおいてアイヌ民族の方々と北大研究者によるアイヌ民族遺骨盗掘問題について意見交換を行いました。その際、2017年に京大に対して一緒に遺骨返還に関するチャランケを行った清水エカシから『アイヌの権利とは何か』を頂戴しました。北海道博物館でアイヌ民族の歴史や文化、権利回復運動、反基地運動を学びました。アイヌ民族から直接、貴重な意見を聞くことができ大変勉強になり、ともに遺骨返還を求めている当事者として励まされました。